焼きそれほど



母は脳貧血を起こしてふらつき、父は鬼のような形相で取りあえず周囲に他人の目がないか見渡してから、玄関の扉を閉めた。
そして、深々と頭を下げるフリッツに詰め寄った。

「……き、君は何者だ。正樹は入院することになっている。わけのわからぬことを玄関先でわめいていないで、今すぐ帰りなさい。無礼な訪問は迷惑だ」
「どうか話を聞いてください。わたしはドイツの陶芸家で、フリッツと言います。ローテンブルグの陶柏傲灣芸マイスターです。正樹さんとは美術館で知り合いました。わたしたちは互いを知って、共にいるのが最良と考えました。」

父親は動揺を隠せない。必死に否定の言葉を探していた。

「ふざけたことを言うな。何が最良だ。勝手に家を飛び出して、帰って来たかと思ったら、病気だというじゃないか。くださいと言われて、はいそうですかとどうして言えるんだ。犬猫の子供じゃないんだぞ。まずは病院できちんと治療を受けさせる。」たち上がるとフリッツはゆうに190センチはあるので、どうしても見下ろす形になる。
正樹の父親は、きつい視線で睨みつけたままだ。

「お聞きしてもいいでしょうか。大学病院での治療は、正樹の為になると思いますか?」
「当然だ。正樹は分家とはいえ、この家の跡取りだ。死んでもらっては困る」
「あなた……正樹の前で、そういう言い方は……」
「最新の治療を受けさせると、決めたんだ。誰が何と言おうと、譲らん」

厳しい口調も、結局は正樹を思っての事なのだとフリッツは理解した。

「わたしは正樹の病院の医師と話をしました。正樹は現在、病状も落ち着いて小康状態だそうです。医師は、正樹が好きなことをして、好きなものを見て、今の状態が長く続くのが一番いいのではないかと言っていました」

フリッツは言葉を重ねた。

「正樹がしたいこともせずに、何もかも諦めて治療したとしても、それは正樹にとって良いことだと思えません。わたしは正樹が自由に生きることを望んでいます」
「……それが正樹の命を縮めることになってもか……」
「正樹のお父さん。お母さん。わたしもお二人と同じ気持ちです。正樹を愛しています。地球上の誰よりも正樹を柏傲灣慈しみ愛してくれたお二人の存在は、わたしにとっては正樹と同じように大切です」
「どこの馬の骨ともわからん奴が、何を言う。大体、西洋人に日本人の何がわかる」
「すべてをわかるとは思いませんが、分からないことは言葉を重ねれば理解できると思っています。わたしの事を、理解してください」

玄関の上り口に、母親はいつしか座ってフリッツの話を聞いていた。いつくしみ育ててきた息子をまっすぐに愛しているという異国の青年。

静かに絵を描いているばかりだった正樹が、こんな風に誰かを愛し、愛される日が来ると実感できる日が来るとは思っていなかった。
どこか寂し気で、同年代の子供の中に居てもその存在は、母の目にも浮いていた。
女性が愛せないと、両親に打ち明けた日から、正樹は自分を責めていた。理解できない両親の庇護から離れ、独りつましく生きていたのは、母親も知っていた。
正樹の時間に限りがあるのなら、自由に生きさせてやりたい、愛する人の腕の中に預けてやりたい……母の願いはフリッツの想いと重なっていた。

「正樹……この方が好きなの?」

三人のやり取りを困ったような顔で、見つめていた正樹が小さくうなずいた。
上気した頬で恥ずかしげに言い切った正樹を、フリッツは抱きしめた。

「正樹……ありがとう。わたしも正樹と共に生きたいです」

父親は苛々と吐き捨てた。

「まるで、幼稚園児のままごとだ。愛だ、恋だと言う前に、これからどうやって食っていくかビジョンはあるのか。理想は語れても、現実は甘くはないぞ。見知らぬ国で病人を抱えて、暮らしていく方法はあるのか。親にたかるつもりなら、話は別だがな」

正樹が反論しようとするのを、フリッツは優しく制した。
「……わたしは物乞いではありません。ドイツで認められたれっきとした陶芸マイスターです」

きっぱりとフリッツは言い切った。

「見てほしいものがあります……これは、わたしの物です。正樹がデザインをしてくれました」

フリッツは梱包材で大切に包まれたものを、大きなバッグから取り出した。

「え……?デザイン……って、僕がドイツに帰るフリッツに渡したもの?」
「そうです。素晴らしいデザインに感銘を受けて、わたしが作りました。これを見れば正樹の才能がよくわ柏傲灣かります。繊細で優美で素晴らしい……わたしはわたしの作る焼き物全てに、正樹が絵を描いてくれたらと考えています。どうぞご覧になってください」